AIのセキュリティを社内で決めようとすると、ガイドラインが多すぎて止まる。総務省と経済産業省、AISI、デジタル庁、英国のNCSC、米国のNIST、OWASP、ISO、EUと、出している主体も多い。それぞれ対象も、拘束力も、更新の頻度も違う。
一方で、何も決めずに使い続ける余地は狭くなっている。IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が組織編の3位に初めて入った。ルールを作る側も、ガイドラインのどれを根拠にしたかを説明できないと、社内の承認が通りにくい。
以下、AIセキュリティのガイドラインを国内外の公的な資料に絞って一覧にし、どの立場の会社が何から読むかを整理する。版と日付は2026年11月6日に確認したもので、どの資料も改訂が続いている。
国内外の公的資料の一覧
まず、主な資料を1つの表にまとめる。「拘束力」の欄は、資料自身の説明か法律の形式に基づく。
| 資料 | 出している主体 | 最新版と日付 | 主な読み手 | 拘束力 |
|---|---|---|---|---|
| AI事業者ガイドライン | 総務省・経済産業省 | 第1.2版(2026年3月31日公表) | AIを開発・提供・利用する事業者 | ソフトロー |
| AIセーフティに関する評価観点ガイド | AISI | 第1.20版(2026年7月7日) | AIを開発・提供する事業者 | 手引き |
| AIセーフティに関するレッドチーミング手法ガイド | AISI | 第1.10版(2025年3月31日公表) | AIを開発・提供する事業者 | 手引き |
| AIシステムに対する既知の攻撃と影響 | AISI | 第2版(2026年4月24日) | 評価や攻撃の想定をする担当者 | 手引き |
| セキュアAIシステム開発ガイドライン | 英国NCSC(米国CISAなどと作成。NISCなどが共同署名) | 2023年11月27日 | AIシステムを提供する事業者 | 手引き |
| 生成AIの調達・利活用に係るガイドライン | デジタル庁 | 第2.0版(2026年6月12日) | 政府機関と、政府にAIを納める事業者 | 政府内の標準 |
| 生成AI品質マネジメントガイドライン | 産総研 | 第1版(2025年5月26日公開) | 生成AIを使った仕組みを作る事業者 | 手引き |
| AI RMF(AIリスクマネジメントフレームワーク) | 米国NIST | 1.0(2023年1月26日) | AIに関わる組織全般 | 任意 |
| 生成AIプロファイル(NIST AI 600-1) | 米国NIST | 2024年7月26日 | 生成AIに関わる組織 | 任意 |
| OWASP Top 10 for LLM Applications | OWASP GenAI Security Project | 2026年版(2026年8月) | LLMを組み込んだアプリを作る開発者 | 任意 |
| ISO/IEC 42001 | ISO・IEC | 2023年12月18日発行(JIS Q 42001は2025年8月20日制定) | AIを提供・利用する組織 | 認証は任意 |
| EUのAI法 | EU | Regulation (EU) 2024/1689 | EUで提供・利用されるAIの事業者 | 法律 |
表のうち、拘束力があるのは最後のEUのAI法だけだ。残りは、従うかどうかを自社で決める資料になる。日本のAI推進法も法律だが、違反に対する罰則の規定は置かれていない。法律の中身はAI推進法とはにまとめた。
国内の資料で何が分かるか
AI事業者ガイドラインは、総務省と経済産業省がまとめた資料だ。第1.0版が2024年4月19日に公表され、第1.2版まで改訂されている。自らを「我が国におけるAIガバナンスの統一的な指針を示す」ものとし、10の共通の指針を置き、AI開発者・AI提供者・AI利用者の3つの主体ごとに取り組む事項を分けている。社内で使うときの確認項目はAI事業者ガイドラインのチェックリストに分けて書いた。
AISI(AIセーフティ・インスティテュート)の資料は、評価の手順に踏み込む。評価観点ガイドは、AIの安全性を評価するときの観点を並べたもので、第1.20版でAIエージェントのための「観測と制御」の観点が加わった。レッドチーミング手法ガイドは、AIシステムに施したリスクへの対策を攻撃者の視点から評価する手法で、RAGの仕組みを実装したAIシステムに実際にレッドチーミングを行った手順も載っている。AISIがどういう機関で、ほかにどんな資料を出しているかはAISIとはに書いた。
セキュアAIシステム開発ガイドラインは、英国のNCSCが作った作る側向けの指針で、2023年11月28日に内閣府の科学技術・イノベーション推進事務局とNISCが共同署名に加わったと発表した。内閣府の発表では、日本のほかG7各国を含む計18か国が参加した。中身は、セキュアな設計、セキュアな開発、セキュアな導入、セキュアな運用とメンテナンスの4つに分かれる。脅威のモデル化、サプライチェーンの安全確保、インシデント管理の手順の事前の整備、挙動の監視が並ぶ。
デジタル庁のガイドラインは政府機関向けで、初版は2025年5月27日に策定された。民間の会社が自社に当てはめる資料ではない。ただ、政府や自治体にAIのサービスを納める会社にとっては、調達のときに何を聞かれるかが分かる資料になる。
海外の資料で何が分かるか
NISTのAI RMFは、AIのリスクを管理するための枠組みで、任意で使うことを前提にしている。Govern、Map、Measure、Manageの4つの機能で整理する。2024年7月26日には、生成AIに固有のリスクを扱う生成AIプロファイル(NIST AI 600-1)が出た。NISTはAI RMF 1.0を改訂中だとしている。
OWASP Top 10 for LLM Applicationsは、LLMを組み込んだアプリの代表的なリスクを10項目に絞った一覧だ。私の見方では、開発者が最初に手に取るのに向いている。2026年版は、事故のデータも順位付けに使った。項目ごとの中身はOWASP Top 10 for LLMに訳と対策をまとめた。
ISO/IEC 42001は、AIのマネジメントシステムの規格で、認証を取ることもできる。ISOは、認証は任意だと説明している。取るかどうかの判断材料はISO/IEC 42001とはに書いた。
EUのAI法は、表の中で拘束力のある法律だ。提供者がEUの中にいるか、域外の国にいるかを問わずに適用する場合がある。日本の会社が対象になるかの確かめ方はEU AI法と日本企業に書いた。法的な結論は、弁護士に確かめてから出す。
立場ごとに最初に読むもの
資料の数が多いのは、読み手が違うからだ。私の見方では、自社の立場を先に決めると、読むものは2つか3つに絞れる。次の表は私の整理だ。
| 自社の立場 | 最初の1本 | 次に足すもの | 後回しでよいもの |
|---|---|---|---|
| 社員が生成AIのサービスを使うだけ | AI事業者ガイドライン | 社内の利用規程 | OWASP、レッドチーミング |
| 社内向けにAIを組み込んだ仕組みを作る | セキュアAIシステム開発ガイドライン | OWASP Top 10 for LLM、AISIの評価観点ガイド | ISO/IEC 42001 |
| AIを使った製品やサービスを売る | AI事業者ガイドライン | AISIのレッドチーミング手法ガイド、ISO/IEC 42001 | 生成AIプロファイル |
| 米国やEUの顧客がいる | AI RMFと生成AIプロファイル | EUのAI法 | |
| 政府や自治体に納める | デジタル庁のガイドライン | AI事業者ガイドライン |
使うだけの会社が、最初からOWASPの一覧を読む必要はない。逆に、自社でAIを組み込んだ仕組みを作る会社が、利用規程だけで済ませると、プロンプトインジェクションのような作る側の問題が抜ける。どの資料を軸にするかは、AIをどこまで自社の中に入れるかで決まる。
社内でガイドラインを使う順番
ガイドラインは、読むだけでは社内のルールにならない。私は次の順番で進めるのがよいと考えている。
- 社内で使われているAIを洗い出す。個人のアカウントで使われているものも含める。手順はシャドーAIの棚卸しに書いた
- 上の表で自社の立場を決め、軸にするガイドラインを1本選ぶ
- 軸のガイドラインの項目と、社内の今の運用を並べ、足りない項目を一覧にする
- 足りない項目のうち、入力してよい情報と使ってよいサービスを先に決め、利用規程に書く。規程の書き方は生成AIの社内利用規程の作り方にまとめた
- 自社で作った仕組みがあれば、OWASPの一覧やAISIの評価観点ガイドで点検する
軸を1本にするのは、複数のガイドラインを同時に満たそうとすると、項目が重なって表が膨らむからだ。足すのは、軸で足りない部分だけにする。
読むときに気をつけること
1つ目は、版が変わることだ。AI事業者ガイドラインは2024年4月の公表から3回改訂され、NISTもAI RMFを改訂中だとしている。社内の規程には、どの版を根拠にしたかと、確認した日を書いておく。年に1回は、掲載ページで新しい版が出ていないかを確かめる。
2つ目は、ガイドラインを満たすことと、攻撃に耐えることは別だという点だ。ガイドラインの多くは、何を決めるべきかを並べている。実際に自社の仕組みで情報が漏れないかは、権限の設定とログを見て、試してみないと分からない。AIエージェントの権限の決め方はAIエージェントのセキュリティに書いた。
3つ目は、ガイドラインを読み、点検し、直すまで回す人が社内にいるかだ。私の見方では、規程を書く人と、仕組みを直す人が別の会社に分かれると、点検の結果が設計に戻らない。業務の現場に入って、仕組みを作って直し続ける役は、FDE(Forward Deployed Engineer)と呼ばれる職種が担う。どういう役かはFDEとはに書いた。
社内で使われているAIと、そのリスクを一度まとめて確かめたいときの、私たちの診断の中身はAI利用セキュリティ診断のページにまとめてある。