中小企業でも、生成AIを使うこと自体はもう珍しくない。東京商工会議所が2026年6月17日に公表した「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」では、83.9%の企業が生成AIを活用していると答えた。ただ、その中身を見ると、会社として導入したというより、社員がそれぞれ無料のツールを使っている姿が浮かぶ。
私の見方では、中小企業のAI導入でいちばん大事なのは、高いツールを選ぶことでも、大きな仕組みを作ることでもない。個人が勝手に使っている状態を、会社として管理できる状態に移し、そのうえで業務を1つずつ変えていくことだ。ここでは、調査の数字から現状を確かめ、小さく始める順番と、費用の考え方を整理する。
導入したAIが定着しない理由はAI導入が失敗する理由で、大企業も含めた全体の数字とあわせて扱った。この記事は、人も予算も限られた会社が、どこから手をつけるかに絞る。
調査で見る中小企業のAI活用
東京商工会議所の調査は、2026年3月25日から4月15日にかけて、主に東京23区内の中小企業を対象に行われ、1,272社が回答した。生成AIの設問は、デジタルシフト・DXの状況がレベル2から4の企業、つまり紙や口頭のやり取りをITに置き換えるところまでは進んだ企業を集計している。主な結果は次の通りだ。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 生成AIの活用 | 83.9%が活用していると回答 |
| 使い方 | 「個人レベルで活用」が40.3%。「使用していない(把握していない)」が14.4% |
| 社内のガイドライン | 「策定している」は7.7% |
| 無料ツール | 活用している企業の86.8%が無料ツールを利用(「無料ツールのみ利用」43.2%、「有料と無料両方のツールを利用」43.7%) |
| 活用の理由 | 「作業時間の短縮」が86.2%で最多 |
| 課題 | 「セキュリティの確保」が46.7%で最多 |
調査は、個人レベルの活用や、会社が把握していない利用について、シャドーAIなどのリスクが懸念されるとしている。シャドーAIは、社内で活用方針や管理ルールが整備されないまま、従業員が独自に生成AIを利用する状態を指す。
全国の数字も見ておく。総務省の令和8年版情報通信白書では、生成AIを活用する方針だと答えた企業の割合は、大企業で74.0%、中小企業で58.1%だった。「組織的な取組はない」と答えた割合は中小企業で特に高かった。
無料ツールのままにしておく危うさ
数字を並べると、課題として「セキュリティの確保」を挙げながら、無料ツールに頼っている姿が見える。私の見方では、ここに中小企業のAI導入の最初の分かれ目がある。
個人向けの無料プランは、入力した内容をモデルの学習に使う設定になっていることがある。設定は利用者が自分で変えられるが、会社からは誰がどう設定しているか分からない。どのツールで何を入力すると学習に使われるのかは、生成AIに学習させない設定にまとめた。
もう1つの問題は、会社として何も見えないことだ。誰がどの業務に使っているか、どんな情報を入れているか、成果が出ているかが分からない。分からないものは、改善も禁止もできない。社員が独自に使う状態の危うさと見つけ方はシャドーAIのリスクと対策に書いた。
禁止すれば解決するわけでもない。作業時間の短縮のために使っている社員から道具を取り上げると、隠れて使うようになるだけだ。私の見方では、禁止より、会社が用意した道具に移ってもらうほうが早い。
小さく始める5つの順番
人も予算も限られた会社が、最初から全社に仕組みを入れる必要はない。私は、次の順番で進めるのがよいと考えている。表は私の整理だ。
| 順番 | やること | 決めること | 目安の期間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 今の利用を把握する | 誰が、どのツールを、どの業務に使っているか | 1〜2週間 |
| 2 | 入力してよい情報のルールを決める | 入れてはいけない情報(顧客の個人情報、取引先の機密など)と、使ってよいツール | 1〜2週間 |
| 3 | 会社として使うツールを1つに決める | 法人向けのプランにし、管理者を1人決める | 1か月 |
| 4 | 業務を1つ選んで数字を決める | 対象の業務と、動かしたい数字(処理時間、件数など)と、その数字の責任者 | 1か月 |
| 5 | 社内のデータにつなぐか判断する | 文書作成の補助で足りるか、社内の資料を参照させる仕組みが要るか | 3か月目以降 |
期間は、10人から数十人規模の会社を想定した私の目安で、会社によって前後する。
1. 今の利用を把握する
最初にやるのは、禁止でもツール選びでもなく、聞くことだ。社員に「どのツールを、どの業務に使っているか」を聞く。責めないことを先に伝えると、正直な答えが返ってくる。調査でも、「使用していない(把握していない)」と答えた企業が14.4%あった。
2. 入力してよい情報のルールを決める
規程を一から作る必要はない。最初は、入れてはいけない情報の例と、使ってよいツールの名前を書いた1枚の紙で足りる。ひな形は生成AIの社内利用規程の作り方に置いた。調査でガイドラインを策定している企業は7.7%だったので、1枚でも作れば、その7.7%の側に入れる。
3. 会社として使うツールを1つに決める
ツールは1つに絞る。複数を並べると、管理も教育も倍になる。選ぶ基準は、機能の差より、入力した内容を学習に使わないこと、管理者が利用者を追加・削除できること、社員がすでに使い慣れていることの3つで足りる。
4. 業務を1つ選んで数字を決める
「全社で効率化」は目標にならない。見積書の作成、問い合わせメールの一次返信、議事録の作成のように、毎週くり返す業務を1つ選び、その業務にかかっている時間か件数を測る。測った人が、その数字の責任者になる。総務省の白書でも、中小企業では経営幹部から各部署に実施事項や達成目標を示していると答えた割合が最も高く、白書はトップダウンの関与がキーポイントだとしている。経営者が自分で業務と数字を決めると速い。
5. 社内のデータにつなぐか判断する
文書作成の補助で効果が出たら、次は社内の資料やデータを参照させるかどうかを考える。ここで初めて、開発の費用と、権限の設計が必要になる。仕組みはRAGとはにまとめた。すべての会社がここまで進む必要はない。
費用の内訳と見積もり方
中小企業のAI導入の費用は、段階によって中身がまったく違う。私の整理では、次の3つに分かれる。
| 段階 | 主な費用 | 見積もり方 |
|---|---|---|
| ツールを使う | 法人向けプランの利用料 | 使う人数 × 1人あたりの月額 |
| ルールと教育 | 社内の時間(規程を作る、使い方を共有する) | 担当者の時間。外に出すなら研修や相談の費用 |
| 社内のデータにつなぐ | 開発の費用、APIの利用料、運用の手間 | 作る範囲と、1か月に処理する件数で変わる |
ツールを使う段階の料金は、各社の公式の価格表で確かめられる。たとえばAnthropicのClaudeのTeamプランは2人から150人までのチーム向けで、標準の席は年払いなら1人あたり月20ドル、月払いなら25ドルだ(2026年10月時点の公式の価格表)。価格表には、既定ではコンテンツをモデルの学習に使わないとも書かれている。
人数で考えると見積もりは単純になる。仮に10人が月払いで使えば、月250ドルになる計算だ。逆に言えば、最初の段階で何百万円もの見積もりが出てきたら、それはツールの利用ではなく開発の見積もりだと考えてよい。
開発の段階に入ると、費用の幅は一気に広がる。何を作るか、どこまで作り込むか、誰が運用するかで決まるので、相場の数字だけで判断しないほうがよい。開発を外に頼む前に、段階1から4までを社内で終えておくと、作る範囲が狭まり、見積もりも小さくなる。
最初の3か月で見る数字
導入がうまくいっているかは、ツールの契約数では分からない。私は、最初の3か月は次の3つを見るのがよいと考えている。
| 見る数字 | 例 | 分かること |
|---|---|---|
| 会社のツールを使っている人の割合 | 対象の社員のうち、週に1回以上使っている人 | 個人の無料ツールから移ったか |
| 対象業務でAIを通した件数 | 見積書のうち、AIで下書きを作った件数 | 個人の便利ツールにとどまっていないか |
| 対象業務の数字の変化 | 見積書1件あたりの作成時間 | 業務が実際に変わったか |
上の1つだけを追うと、「使われているが業務は変わっていない」状態を見逃す。3つ目の数字が動いて、初めて導入したと言える。
社員が勝手に使っている状態から抜け出したい、最初の業務をどれにするか決めきれないという場合は、まず上の5つの順番のどこにいるかを確かめてほしい。業務の現場に入ってAIを動かす職種についてはFDEとは?に書いた。私たちの支援の中身はサービス詳細にある。