「AI戦略を作ってほしい」と経営から言われた担当者が、まず困るのは、何を書けば戦略になるのかが分からないことだ。他社の発表を見ると、ビジョンの言葉と活用例の一覧が並んでいる。それを真似して資料を作っても、翌月から現場の何が変わるのかは書かれていない。
私の見方では、AI戦略は「何をするか」の文書ではなく、経営が決めておくべき5つのことの組み合わせだ。目的、対象の業務、責任者、予算と人員、使ってよい範囲。これが決まっていれば、資料は1枚でも現場は動く。決まっていなければ、何十ページあっても動かない。
ここでは、総務省の令和8年版情報通信白書と国の人工知能基本計画を手がかりに、日本企業のAI戦略がどこで止まりやすいかを見たうえで、5つの決めごとと、それを現場の仕事に落とす順番を書く。AIを前提に業務や組織を変える考え方そのものはAX(AIトランスフォーメーション)とはに、FDE(Forward Deployed Engineer)という職種はFDEとは?Forward Deployed Engineerの意味と仕事内容にまとめてある。
日本企業のAI戦略は、どこで止まっているか
総務省の令和8年版情報通信白書は、企業向けのアンケートで生成AIの活用方針を尋ねている。「積極的に活用する方針である」と「活用する領域を限定して利用する方針である」の合計は、日本で68.9%だった。前年度の調査の49.7%から大きく上がったが、米国・ドイツ・中国に比べると引き続き低い。企業規模別では、大企業で74.0%、中小企業で58.1%だった。
方針を決める会社は増えた。問題はその先だ。同じ白書で、生成AIによる業務変革に組織的に取り組んでいると答えた割合は日本で65.6%、「組織的な取組はない」は27.0%と約3割で、他の3か国に比べて顕著に高い。
さらに、戦略や方針の中身を尋ねた設問では、日本は「経営戦略のなかでAI活用の目的や方針が明示されている」が最も高く、次いで「経営幹部がAI活用の意義について社内外に情報発信している」が高かった。一方、他の3か国では「経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている」や「取組を推進する部署や責任者が明確になっている」との回答も目立った。
| 白書の設問の選択肢 | 日本での位置 | 戦略のどの部分か |
|---|---|---|
| 経営戦略のなかでAI活用の目的や方針が明示されている | 最も高い | 目的 |
| 経営幹部がAI活用の意義について社内外に情報発信している | 次いで高い | 目的の発信 |
| 経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている | 他の3か国で目立った | 対象の業務と目標 |
| 取組を推進する部署や責任者が明確になっている | 他の3か国で目立った | 責任者 |
右の列は私の見方による対応づけだ。こう並べると、日本企業のAI戦略は「目的を言う」ところまでは来ていて、「誰が、何を、いつまでに」を決めるところで止まっている、と読める。
環境の面でも差がある。白書では、日本は「業務プロセスの見直しや生成AI活用検討に必要なスキルやノウハウを学ぶ環境がある」が最も高かった。他の3か国では「生成AIに社内データを学習させたり、生成AIが参照可能なデータベースを構築したりしている」が5割を超え、日本より大幅に高い。私の見方では、学ぶ場は用意したが、AIが社内の情報を使える状態にはまだなっていない、と読める。
成果の面では、IPA「DX動向2026」の結果で、AI導入の効果が「期待以上の効果があった」「期待どおりの効果であった」の合計は31.8%だった。効果の中身は「業務が効率化したり迅速化した」が91.6%で、「売上や利益が向上した」は3.9%にとどまる。私の見方では、これは目的が「効率化」のまま止まり、事業の数字に結ばれていない戦略が多いことの表れだ。
国の計画とガイドラインが企業に求めていること
国の側でも、AIを経営の問題として扱う方向がはっきりしてきた。2026年7月14日に閣議決定された人工知能基本計画(第Ⅱ期)は、第3章第4節「AI社会に向けた継続的変革」の具体的な取組の最初に、AIを基軸とした組織経営改革を促すため、中堅・中小企業を含む企業等の取組状況の可視化や人材の育成・確保などを進める、と書いている。
同じ計画は、AIの人材像を5つに整理している。そのうちAI実装人材は、汎用的なAIソリューションでなく、現場に適合したAIソリューションを提供する者で、産業・行政の現場とAIの双方を理解することが求められる、と定義されている。戦略を書く人とは別に、この役割を誰が担うのかを決めておかないと、戦略は資料のまま残る。
また、計画は人とAIの責任の分け方として、Human in the loop(人がタスク実行の流れに直接関与する)、Human on the loop(実行はAIに任せ、全体設計や監視は人が担う)、Human in the lead(人が意思決定や価値創出の主導権を握る)という考え方が議論されていると紹介している。業務ごとにどれを選ぶかは、戦略の「使ってよい範囲」を決めるときの言葉としてそのまま使える。
総務省と経済産業省のAI事業者ガイドラインは、AIガバナンスについて、経営層の責任は大きく、リーダーシップを発揮することが重要だとしている。進め方としては、環境・リスク分析、ゴール設定、システムデザイン、運用、評価のサイクルを継続的かつ高速に回す「アジャイル・ガバナンス」を示している。戦略も同じで、一度作って終わりにせず、回し続ける前提で作る。
経営が決める5つのこと
ここからは私の見方による整理だ。AI戦略として経営が決めることは、次の5つに絞れる。
| 決めること | 決めないと起きること | 決め方の例 |
|---|---|---|
| 1. 何のためにAIを使うか | 効率化の件数だけが報告され、事業の数字が動かない | 売上・粗利・リードタイム・解約率など、経営会議で見ている数字のどれを動かすかを1〜2個選ぶ |
| 2. どの業務から始めるか | 部署ごとに小さな試行が散らばり、どれも本番にならない | 1で選んだ数字に効き、データがあり、担当者が協力的な業務を1〜2件選ぶ |
| 3. 誰が責任を持つか | 情報システム部門と事業部門の間で、決める人がいなくなる | 業務の責任者と、AIの実装の責任者を1人ずつ名前で決める |
| 4. 予算と人員 | 「まず無料の範囲で」となり、検証が浅いまま判断される | 半年分の予算と、兼務なら週何時間を割くかを決める |
| 5. 使ってよい範囲 | 現場が怖がって使わないか、勝手に使って事故が起きる | 入れてよい情報、人が確認する工程、禁止する使い方を決める |
1は戦略の芯で、ここが「生産性を上げる」のような言葉だけだと、その後の4つが決まらない。費用と効果の測り方はAIのROIに書いた。
3の責任者を置く組織の形は、会社の大きさで変わる。委員会や役割の分け方はAIガバナンスの体制づくりに、役員として置く場合の考え方はCAIO(最高AI責任者)とはにまとめた。人の少ない会社なら、社長が業務の責任者を兼ね、実装の責任者を1人置くだけでも十分に始められる。
5は、社内の規程として文書にしておくと現場が迷わない。ひな形は生成AIの社内利用規程の作り方にある。
決めた戦略を、現場の仕事に落とす順番
5つが決まったら、次の順番で現場に落とす。
1. 5つの決めごとを1枚にして、経営会議で通す
ビジョンの文章より、5つの答えが1枚に並んでいる方が、現場は動ける。経営会議で通したという事実が、部署をまたいで協力を頼むときの根拠になる。
2. 対象の業務を、手順の単位まで分解する
選んだ業務を、誰が、どの画面で、何を見て、何を判断しているかまで書き出す。AIを入れる場所は、この分解をしてはじめて決まる。業務の選び方と分解の手順はAIで業務効率化を進める手順に書いた。
3. 始める前に、測る数字と止める基準を決める
導入前の数字を測り、何がどこまで動けば広げ、どうなれば止めるかを先に決めておく。後から基準を決めると、どんな結果でも「一定の効果があった」になる。
4. 小さく、本番の業務で動かす
検証用の環境で精度を見るだけでは、現場の例外処理や権限の問題が見えない。対象を1つの部署や1つの業務に絞ったうえで、実際の業務の中で動かす。止まりやすい理由と抜け方はAIのPoC止まりを抜け出すにまとめた。
5. 四半期ごとに、5つの決めごとを見直す
私の見方では、AIの機能と料金は年単位の計画より速く変わり、動かしてみて初めて分かることもある。四半期ごとに、目的の数字が動いたか、対象の業務は正しかったか、予算と人員は足りたかを見直し、1枚を書き換える。
6. 動いた業務の型を、次の業務に広げる
1つの業務で数字が動いたら、そのときのデータの準備、確認の工程、教え方を型にして、次の業務に持っていく。社内での最初の3か月の進め方は社内AI導入の進め方に書いた。
外に頼むとき、どこまで頼むか
AI戦略づくりを外部に手伝ってもらうときは、頼む範囲の決め方が結果を左右する、と私は考える。
5つの決めごと、特に目的と責任者は、外部に決めてもらうものではない。外部が決めた目的は社内の誰のものにもならず、責任者のいない戦略は動かない。外部に頼んでよいのは、決めるための材料づくりと、決めたあとの実装だ。
| 頼む範囲 | 頼んでよいこと | 社内に残すこと |
|---|---|---|
| 決める前 | 業務の棚卸し、データの所在の確認、他社の動きの調査、選択肢の整理 | 5つの決めごと |
| 決めたあと | 対象業務の分解、AIの設計と実装、評価の仕組みづくり、現場への定着 | 業務の判断、止める・広げるの判断 |
| 回し始めたあと | 四半期の見直しの材料づくり、次の業務への展開 | 見直しの決定 |
商談では、「戦略の資料を作った人が、実装のどこまで入るか」を確かめるとよい。白書の結果が示すとおり、日本企業が止まりやすいのは目的を言ったあとの「誰が、何を、いつまでに」の部分だ。そこに入らない支援は、資料を1つ増やすだけになりやすい。私たちがどこを受け持つかはサービスに書いている。